会見文字起こし・知床遊覧船社長の桂田精一「鼻で笑う異常さ」

知床観光船浸水事故

2022年4月27日15時30分より、知床遊覧船沈没事故について知床遊覧船の桂田精一社長より会見が行われました。桂田精一社長のあいさつ、時系列の確認、記者の質問と社長の回答の文字起こしをしました。会見中、桂田社長は時折、鼻で笑う異常さでした。

知床遊覧船「金に目がくらんだボンボン社長」

カズワンは40年以上前の瀬戸内海仕様のボロ船

桂田精一社長あいさつ文字おこし「2回の土下座」知床遊覧船沈没事故

<以下、会見の文字起こしとなり桂田精一社長の言葉となります。>

みなさん、この度はお騒がせしまして、大変申し訳ございませんでした。

(土下座)→(着席)

この度は、当社の船舶のクルーズの中で大変な事故を起こしてしまい、亡くなられた方および捜査中の被害者の方々に対して、大変申し訳ございませんでした。

亡くなられた被害者の方々のご家族、捜索中の被害者のご家族に対して大変なご負担をかけております。申し訳ございませんでした。

現在、捜索中の被害者の方々が一日も早く心からお祈りするとともに、当社としては捜索中の被害者の方々の捜索するために出来得る限りをつくしていく所存でございます。

また、当社として、今後被害者の方々の気持ちを第一に考えて対処するとともに、事故の原因究明に向けての協力を全力で行っていく所存でございます。

この度は大変申し訳ございませんでした。

(土下座)

本日は、当社の方で把握している事実を時系列で説明するとともに、その後皆様方のご質問にお答えする形で進めさせていただきたいと思います。

時系列説明を文字起こし「2021~2022年」

<以下、会見で桂田精一社長が説明したことを、文字起こししています>

それでは、お手持ちの資料で時系列に書いてあるものがありますので、見てください。

まず、本件事故発生前の経過についてご説明します。

【本件事故発生前の経過】

2021年

5月
KAZU1が船首を海上浮遊物と接触する事故を起こした。
この時に船舶を運航していた船長は豊田徳幸氏ではない。

6月
KAZU1が船尾を暗礁に擦る座礁事故を起こした。
この際に船舶を運航していたのは船長の豊田徳幸氏であった。同乗して操舵していた従業員もいた。

7月
座礁事故を受けて、KAZU1は造船会社に修理に出した。
修理完了後、JCIの検査を受けて合格した(書類等はKAZU1の船中)


2022年

1月~
シーズンに向けてKAZU1を陸に上げ造船会社に船の整備を依頼した。
4月15日
KAZU1の整備が完了し港においた。その後複数回テスト走行した。

4月20日
日本小型船舶検査機の中間検査受け合格(書類等はKAZU1の船中)

4月21日
KAZU1が他の運航会社3社とともに事故を想定した救助訓練。
海上保安庁の定期安全点検が行われ、KAZU1の救命胴衣、船体の検査。船体の亀裂等の指摘はなかった。

4月22日
KAZU1で豊田徳幸船長が他の運航会社の方と共に、海上の漂流物を確認するために安全確認の運航。23日コースと同様。

 

【本件事故発生日の経過】

4月23日午前8時ごろ
豊田徳幸氏と当日のクルーズの打ち合わせ。
豊田徳幸氏から午後の天気が荒れる可能性があるが、当日午前10時からのクルーズは出航可能との報告あり。この時点での風と波も強くなかったので、海が荒れるようであれば引き返す条件付き運航とすることを豊田氏と打ち合わせ、当日の出航を決定した。午前8時30分
当社の他の船長から当社の無線アンテナが故障しているとの報告があり、すぐに業者に修理を依頼した。当社の無線の故障は、携帯電話や隣接する他の運行会社の無線でのやり取りも可能であるため、出航や停止する判断はしなかった。午前10時
KAZU1 ウトロ港を出港午後1時13分
KAZU1 他の運行会社に無線連絡「今カシュニの滝だけど戻るのが遅れます」午後1時18分
KAZU1 他の運行会社に無線連絡「船首が浸水している」等の援助を求める連絡。他の運行会社は、海上保安庁に救助要請
KAZU1 その後海上保安庁やりとりを行う。午後4時半ごろ
海上保安庁航空機などが現場到着し、救助活動を開始。

私が今のところ把握してる事実は、こちらになりました。

知床遊覧船「金に目がくらんだボンボン社長」

カズワンは40年以上前の瀬戸内海仕様のボロ船

記者の質問・桂田社長の回答を文字起こし

先ほどご家族への説明終わられたと思うんですけど、その中で社長はどのようなことをお話し、そしてご家族の方の反応はどうだったのか?そしてそれを見て社長はどのようにお感じになったのか?
まぁ、今のところ、私としては、正直な所、謝罪をするしかございません。内容としては大切な家族を失ったわけでございますので、まだ捜索中の方もいらっしゃいます。
ただ、もう見つかった方もいらっしゃいます。謝罪しても謝罪のしようがございませんでした。
その、謝罪に対してご家族の反応というのは?そしてその反応を見て社長、どのようにお感じになったのかお聞かせください。

(沈黙)

私が出来る限りのことをやってあげたい、それしか私には今考えることができないと思いました。
家族からはどのような反応があったのですか?その社長の謝罪に対して。

(沈黙)

やはり、、、、、やり場のない感情を含め、私としてはそれを精一杯受け止めるだけの会見になってしまいました。

 

被害者の家族からは、社長からの説明が不十分だという声も多くありました。なぜこう説明会までに時間がかかったのか、あと会見もそうですけれども、公の場に今日初めて姿を現した、何故ここまで時間がかかったのかを教えてください。
まずは、、、、被害者の家族の方々と対応と救助活動を第一に考え、また、海上保安庁や国土交通省の監査をして原因究明に協力すること、(沈黙)ご家族に誠心誠意つくすこととしていましたが、私一人の力では上手く対応できませんした。申し訳ございません。

 

4月23日という通常よりも早いタイミングで出航を決めたのはどなたでしょうか?
最終的に、判断は全て私でございます。
普段の指示系統について聞きたいのですが、豊田船長の出航を認める最終決定は、今の話ですと桂田社長という認識でよろしいのでしょうか?
はい。

 

早いタイミングだと思うんですが、この事故をしたというのはどうしてですか。

実は、この会社は私の聞いてる所では私の叔父にあたる人が、遊漁船から観光船にミックスされてその船を自分が引退するときに前社長にお渡ししたと聞いております。

そして、その社長も高齢になられ、私に引き継がないかということだったのですが、元々団体のお客様がメインであり、各旅行会社のご要望に応じて、現在ある小型船の中ではいつも早い出航を行っておりました。

 

多少波が高くても行かせろという発言をされたことはありますか?
正直言うと、私の大切なお客様、私の知人が来た時、知床は非常にきれいなところでどうしても見せたいので出れるところまで出てくれと言ったことはあります。
ただその時は船長判断が最終的なので、断られました。

 

よそは船を出してるのに何故うちは船を出さないのか?という発言をしたことはありますか?
ちょっと記憶にはございません。

 

当日に他の漁船などから「今日は波が高くなるから出ない方が良い」とか出航をやめるような助言などあったようなのですが、それでもやはり出航したということは、何か理由はあるのですか?

それに関して、やはり多くの方から質問いただいています。それで私も気になり、過去の天気情報調べられますので、ウトロのその時の波の状況、風の状況を調べましたが、やはり、波は1mいかないようなかたち、風速も2mいかないないようなかたちのものでした。

私も現場にいて見送り、また車で同じ航路を走ってすれ違うような形で見送りしましたが、通常通り問題ない。

また、観光船は、このような、うちの事務所に貼ってあるものですが天候の急変など不可抗力で予定地点まで到達できない場合、乗船料金は以下のようになりますと予めお伝えしております。

これが、条件付き運航というもので午後に天気が悪くなる場合はそれを船長判断で戻ってきていただくよう長年やっております。

8時に、先ほどもありましたが豊田船長と本日の打ち合わせをして私が決めました。豊田先生は10時に出て、次の便は10時半に出て11時30分には戻っております。

ですので、私の認識しているデータによると、その時は波風ともになかったということを調べました。これはテレビである天気予報士の方も言っているのを見まして、あぁ、調べられるのかと思って調べました。

 

知床遊覧船「金に目がくらんだボンボン社長」

カズワンは40年以上前の瀬戸内海仕様のボロ船

事故を知った経緯について教えて下さい。
私は、知床遊覧船の詰め所に詰めていた者から、携帯電話で連絡が入りました。それは、浸水しているという連絡が他者に入りその後すぐのことです。

 

どのように対応されたのですか?
その後すぐに漁業関係者や漁業組合長、知床丸の社長等に連絡し今後の報道を仰ぎました。救助チームがあるということで、出航させる手はずをするということで一度電話を切りました。

 

切った後は?

電話を切った後は何分後か覚えておりませんが、その後すぐに波がだんだん高くなってきて風が出てきた、助けにはいけないかもしれない、」調整中だということで連絡が入りました。

その後また、その結論が出て結局は海上保安庁に連絡し、ヘリも出ているのでそちらに任せるという連絡がありました。

 

社長自身は会社にはいなかったのですか?
その時は私はいませんでした。

 

どちらにいらしゃったんですか?
病院です。

 

出航に関して改めてお聞きします。船長は昨年から働かれていたということですが、基本的にその日の出航に関しては船長が天気図等をみて「まずは行けるか行けないか」の判断をした上で、社長に「今日は行けますよ」そしてそれで社長が承認するという形が基本的な判断ということでよろしいでしょうか?
そうでございます。

 

その日は最終的に1隻しかいなかったんですね。他の漁船や釣り船などは確実に午後は荒れるということで出航はやめました。豊田船長は、荒れる可能性がある、荒れるかもしれないという判断でよろしかったでしょうか?
他の船が出ていないのは、小型船についてはシーズンの始まりが多少それぞれズレておりまして、その日は出る予定が初めからございませんでした。

 

「荒れる可能性があるけど大丈夫だ」と言われたということで宜しいですか?
はい

 

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じゃぁ、いわゆる条件付き(荒れたら帰ってくる)を出したのは社長ということでよろしいですか?
はい。それは何年もやっていることで、このように形にもなっています(図を見せる)

 

社長にとっては、行けるか行けないかの判断は豊田さんに任せていたということで宜しいでしょうか?
基本的に、船のどの会社も最終的には船長判断でございます。

 

会社の安全管理規定はどのようになってたのかお伺いします。波が何m以上だとか風が何m以上あれば欠航という規定があると思うんですがどのような規定があったのでしょうか?若しくは社長の中でどのような認識だったのでしょうか?
波が1m以上で欠航、風速8m以上で欠航、視界が300m以上ないと出航できないという・・数字でいうとそのようになります。

 

先ほどの出航判断についてなんですけども、他の会社はシーズン前ということで地元漁師の方々も漁をしてなかったいうことで、社長はこれで出て大丈夫かという判断はなかったんでしょうか?
地元漁師というのは具体的には・・・?
漁業の方々とお話をしていても、漁に出られないとおっしゃってるんですけども、どこも出ていない中で、大丈夫かというのは聞かなかったんでしょうか?

はい、その時点で先ほども話しましたが、まぁ普通に海を見ても荒れてはいないですし、天気予報を見ても問題ないということで、また、第二便も普通に出航して戻ってきておりますので。

お客様もですね、やっぱり一番先端まで来てですね、できればちょっとでも走って欲しいと言うご要望がすごいありますんで、体感していただければ揺れて、揺れて、帰ってくれーみたいな気持ちになっていただく方法をなるたけとっていました。

地元の漁師の方に聞いていると、夏などとは違い、春先は午前中大丈夫でも昼から急変する可能性があるとおっしゃっていました。そういった海の特性というのは十分理解されていたんでしょうか?
はい。春と秋とですね、それでこういうものができました。(先ほどの条件運航の資料を見せる)
その特性を理解されていて、午前中大丈夫だから行ってOKということになったんでしょうか?
そういうことでございます。
それで特性を理解していることになるんですか?午前中は大丈夫でも昼から急変する可能性があると、豊田さんも午後は荒れる可能性があるとおっしゃってましたけども、桂田社長は「大丈夫か?」と疑問に思わなかったんでしょうか?
その時は思いませんでした。
それでは改めて、その日のご自分の判断というのはどうお考えでしょうか?

(沈黙)

ま、今となれば、このような事故を起こしてしまったことですので、判断的には間違っていたと感じております。

 

当日は強風注意報と波浪注意報が出されていましたが、そちらは把握されていたんでしょうか?
はい。しておりました。
把握された上で出航の判断をされるというのは・・・?
午後からということと、午前中、ウトロ港から先の方まで、しけていないし風もなかったです。それは、ヤフー…、あ、いいです、すみません。

 

事故当時、午前8時ごろ、船長の豊田さんとクルーズの打ち合わせをされたと言うことだったんですけども、それはどこでどのような方法でされたんでしょうか?
海沿いのある建物の中で話しました。海が見えるところです。
それは知床遊覧船の事務所ではないんでしょうか?
はい、事務所ではありません。
直接会ってお話された?
そうです。呼んで車で来ていただいて話しました。
シーズンの時は毎日こういうことをされているんですか?
いえ、事務所の中で話したりだとかが多いですね。
基本的には運航をする日はこの打ち合わせをしてから決めるんでしょうか?
そうですね、必ず話はします。

 

去年事故が2回起きて、アンテナが故障したまま出航していたと聞きました。会社として、安全管理は行き届いていたのでしょうか?
結果としてご指摘されれば安全管理は行き届いてなかったと言うことになると思います。
社長自身は安全管理が行き届いてなかったことに対してどのように責任を感じていますか?
安全規定となるものがあるのですが、徹底になると思います。
社長自身は、事故が起きてしまった理由をどのようにお考えですか?
(沈黙)・・・私のいたらなさだと感じております。

 

※以降の続きは追記予定。

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