松浦秀則(あおい交通社長)の経歴「理念は社員の幸せ」

あおい交通社長 松浦秀則 経歴名古屋高速バス横転炎上事故

2022年8月23日、バス会社”あおい交通”の社長・松浦秀則社長らが名古屋高速小牧線での事故の会見をしました。あおい交通を創業した松浦秀則社長の経歴や家族などを調査しました。また、態度が悪いと言われる理由についてもまとめました。

あおい交通の闇

松浦秀則(あおい交通社長)の経歴「3代目社長」

あおい交通の社長、松浦秀則社長の経歴についてネット上で調べていると…名古屋高速バス炎上事故によりあおい交通社長の経歴は悪くなるばかり。ネットで「あおい交通社長」と検索すれば「あおい交通社長 態度が悪い」と出てくる始末。

あおい交通社長 松浦秀則 態度が悪い

あおい交通社長
あおい交通社長 態度が悪い
あおい交通社長 謝罪
あおい交通社長 インタビュー

 

さて、態度が悪いと世間一般から認知されつつある松浦秀則社長は、どんな経歴を持っているのでしょうか?現在ホームぺージを見ることができないため、出身大学などの学歴は分かりませんが、松浦秀則社長の経歴について徹底的に調査しました。

松浦秀則(あおい交通社長)のプロフィール

あおい交通の責任者、松浦秀則社長のプロフィール・顔写真を簡単にまとめました。しかしながら、松浦秀則社長に関する基本的な情報はベールに包まれていますね。

松浦秀則社長 あおい交通社長 経歴 顔写真j

  • 名前:松浦秀則
  • 読み:まつうらひでのり
  • 年齢:不明
  • あおい交通の代表取締役

顔写真を見る限り、落ち着いた雰囲気のしっかりした社長に見えます。何だか頼もしく感じる笑顔。知的な雰囲気をまとった、素敵なおじ様といったかんじですね。管理人のタイプかもしれません。(年齢的に無理がありますけどね)

1959年あおいタクシーを創業「バリバリの成り上がり社員」

あおい交通 射鵰 経歴

あおい交通と呼ばれる様になったのは1992年からで、1959年の創業当時の会社名は「あおいタクシー」元々バス会社ではなくタクシー会社だったんですね。松浦秀則社長は、会社に関わる人たちを大切にすること、環境問題を通じて幸せを追求することに力を入れているとのこと。

会社に関わる社員も大切にする、素晴らしい会社ですね。

2018年(平成30年)に、当社は創立60周年を迎えました。60年で人は元に還ります。会社も原点回帰の時だと思います。

 

松浦秀則社長の顔写真から、年齢的に50代後半くらいに見えますよね。年齢的に考えて、おそらく松浦秀則社長はあおい交通株式会社の2代目社長の可能性が高いです。

 

あおい交通HPの松浦秀則社長の創業が始まった頃のコメントが推測コメントであることから、初代社長とは特に血の繋がりはないのかと思いきや、松浦秀則社長が3代目であるタレコミが寄せられました。

あおい交通HPの松浦秀則社長のコメント

何のため、会社は存在するのか。そして、今後、何をしていくのか。60年前は戦後の混乱期でともかく食を得るために、事業を始めたと思われます。

血の繋がりがなさそうなのでたたき上げの凄腕社長かと思いきや、実際は血が繋がっており3代目とのこと。

記事に寄せられたタレコミ
その昔父親(初代社長)が急死し急遽呼び戻されたのがこの人
若かったから二代目社長は母親が継ぎそこから10数年経て3代目社長に…たたき上げとは程遠いお方です。

 

初代社長から会社の創設理由を聞いていない頃、父親が急死されたのでしょうか…。おそらく、母親から創設理由を聞いたので推測コメントになっているのですね。

 

しかしながら、普通であればHPに、あおい交通の創設者である初代社長について何かしら記載があるものですが全く触れてもいません。父親の急死により呼び戻されたということで、もしかしたら父親と松浦秀則社長は不仲だった…ということも無きにしもあらずですね。

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2003~2012年は市教育委員もつとめた「おしゃべり上手」

松浦秀則社長はあおい交通の社長をつとめながらも、2003~2012年の間は名古屋市の市教育委員会をつとめていました。アグレッシブすぎますね。

 

松浦秀則 経歴 射鵰 あおい交通

昼食をとり、午後は校長会主催の研修会。楽しみにしていた講演。講演者はあおい交通社長の松浦秀則さん。9年余り、市の教育委員をつとめられ、教育にも造詣が深く、会社経営はアグレッシブ。話がつまらないわけはない。

 

記事上の雰囲気から松浦秀則社長は、話が面白いおしゃべり上手で人たらしな印象を受けます。なぜ、会見は失敗してしまったのでしょうか。本業以外の教育にも取り組み精力的に活動しているにもかかわらず、態度が悪いと言われてしまう始末…。

松浦秀則社長が自ら掲げる理念(社員を大切にする)に反していたからかもしれません…。

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2005年PTA会長「あちこち出没」

前述で松浦秀則社長はあおい交通社長をつとめる傍ら、市教育委員でもありましたが、さらに小牧市立篠岡小学校のPTA会長として活動されていました。

 

現在世間では、松浦秀則社長の態度が悪いと問題になっていますが、普段は人望のある人物だったことが伺えます。

松浦秀則社長 あおい交通 射鵰 経歴

15日午後6時半より、篠岡小学校評議員を開催しました。地域からは、池之内区長、主任児童委員、松浦秀則PTA会長、母親代表が、学校側からは、校長、教頭、教務主任が出席しました。

 

これだけ顔が広いと、小牧市ではかなりの有名人だったことがわかりますね。教育の現場でもよく講演をされています。

2008年小牧商工会議所地域づくり委員会委員長

松浦秀則社長は、あおい交通HPに環境について語っていますが、実際に会社の理念通りまちづくりのイベントなどにもパネリストとして参加されていました。有言実行は中々できることではないので、素晴らしいですよね。

松浦秀則社長の家族「子煩悩な教育熱心パパ」

松浦秀則社長は、あおい交通本社のある小牧市でたくさんの活動に参加されていたこと、また小牧市の篠岡小学校のPTA会長であったことから、既婚者で子持ちの子煩悩な教育熱心パパであったのではないでしょうか。

 

おそらく、松浦秀則社長は小牧市にマイホームを建て、妻・子供と暮らしていたのでしょう。PTA会長になる条件としては「PTA会員であることだけ」です。松浦秀則社長のお子さんが篠岡小学校に在籍している間にPTA会長をしていた可能性が高いです。

 

松浦秀則社長がPTA会長をしていたのは2005年なので、社長のお子さんは現在23~29歳ですね。

態度が悪いと言われる理由「社員に罪をきせている」

松浦秀則社長が何故「態度が悪い」と言われている理由を調べてみたところ、名古屋高速のバス炎上事故後の対応がまずかったことが理由のようです。

 

その理由として

  • 理由①事故当日、運行主任が顔出し会見で謝罪したにもかかわらず、松浦秀則社長は顔だしせずにメディアで謝罪。その際、事故原因もわからない状況で「運転手のミス」と
    運行主任は運転手について真面目な運転手で信じられないと発言。
  • 理由②事故翌日、社長を含めた正式な謝罪会見を開くも、警察が捜査中の上で「運転手のミス」と推測。

 

松浦秀則社長の会見内容に関して、視聴者からは「知床遊覧船の社長が亡くなった船長に責任転嫁したのと同じだ」と憤りを隠せない人も。

松浦秀則社長 態度が悪い あおい交通社長

検証した結果運転ミスと断定できたというにはあまりに短期間であり信憑性の欠片もない。運行会社の保身としか映らない会見であり、日本人なら誰もが嫌う死人に口なしを地でいく発言にしか見えない。
バスの整備不良や過酷な勤務実態などが判明すれば、事故原因は運転手ではなく運行会社という可能性もある。事故当日の状況を分析してみたら責任は他車にあったという場合もある。
警察の検証も済んでいない段階で事故原因を運転ミスと決めつける行為はむしろ隠したい事実でもあるのではという疑問を感じてしまう。

 

まだ、完全に原因究明がされた訳ではない。しかし、思い出すのは、知床の観光船事故である。少なくとも、この路線が定期的に運行されていた場合に、社会的責任をまず問われるのは運航会社である。

会社は乗客に対して、また路線が許可している行政や事故によって通行を妨げられた人たちさえ責任が問われる。今回、監督官庁の国土交通省はそれなりの対応をしているが、あまりにも会社の当事者意識がなさすぎる気がする。

事故を起こした現場の責任、原因は運転手にあるのかもしれないが、運行責任がきちんと問われないとすれば、安心して一般道路で運転することなどできない。

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